蔵王温泉 自慢の源泉掛け流し100% 心あたたまる湯の宿 かわらや旅館 【 温泉自慢 】

温泉自慢

◆ かわらや旅館 温泉自慢

かわらや旅館 浴場 浴槽 かわらや旅館 浴場周辺
●湯船の底から湯が湧きます。

”自家自噴天然掛け流し”

● 大浴場 男女各(1)
● 浴室の外周からも温泉が自噴しています。
●いわば源泉のただなかに、浴室が浮いているような形です。だから、これが本当の意味での源泉掛け流し100%と言えます。

●湧出量1万5,000l/m、泉温45〜66度。 強酸性の硫黄泉は、特に皮膚病にきくところから「子どもが丈夫に育つお湯」といわれ、肌を白くなめらかにする「美肌の湯」としても人気が高いです。1958年には国民保養温泉地に指定されています。

●ある伝説によると、蔵王温泉の興りは、景行天皇の御代(西暦110年頃),朝廷が大和武尊に命じた蝦夷に征従軍した吉備多賀由(きびのたがゆ)が、戦で怪我をしてこの地に迷い込んだそうです。おりしも美しい山桜に廻り合い彼は思わず手折りました。すると不思議にも、その木の根元から温泉がコンコンと湧き出し、そのお湯で怪我したところを洗ったとたん忽ち治ってしまったと言います。それが、蔵王温泉の興りと伝えられています。

かわらや旅館 浴場 外観
● 総桧造りの浴室建屋です。

かわらや旅館 温泉分析書
かわらや旅館 温泉成分表
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● 温泉の適応症 【美肌効果】 

きりきず、やけど、慢性皮膚病(アトピー)、虚弱児童、慢性婦人病、月経傷害、糖尿病、高血圧症、動脈硬化症、神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進、特に女性には美白・美肌。

● アトピーが治った

今から10年ほど前、当時小学生の女の子が入院歴があるほどのアトピー性皮膚炎で来館。
治療目的で一時転校してこられました。
10月〜12月までの2ヶ月程度、湯治療養されました。当初、患部が出血し、かさぶた状になっておりましたが、1日三回の入浴で1週間目にはその出血も止まり、宿からお家にもどられる頃には見違えるほどに回復し、現在は跡形も無く完治されたそうです。

● 温泉の特徴

平成16年10月の分析による
 温 度:摂氏48.1度
 泉 質:酸性/含鉄/硫黄/アルミニューム/硫酸塩/塩化物
 湧質量:毎分4,000リットル
 PH:1.7 強酸性


館内のご案内

かわらや旅館 全景
● かわらや全景
かわらや旅館 玄関
● 玄関
かわらや旅館 客室
● 寛ぎがテーマの和室

◆施設の概要◆

  • 木造二階建て(一部鉄筋)
  • 全室和室(18部屋)
  • 収容人員:60名
  • 大浴場:男女各(1)
  • 大・中宴会場
  • 駐車場完備
  • 暖房・スキー乾燥室完備

◆ 蔵王温泉のすたるじー(蔵王温泉の歴史紹介)

蔵王温泉は、西暦110年、日本武尊の東征軍の武将、吉備多賀由により発見されたと伝えられています。
蝦夷の矢の毒に侵された吉備多賀由が、蔵王の山に迷い込んで谷あいに湧く温泉を発見。傷を温泉に浸したところたちどころに全快したという。
その武将の名前から多賀由温泉と呼ばれ、後に蔵王高湯と改め、さらに蔵王温泉と名を変え現在に至っています。

蔵王温泉 大正時代の風景
大正時代の蔵王温泉。 当時は「高湯」と呼ばれ、湯治客で賑わっていました。

◆ 茂吉も愛した蔵王温泉

エピソード1
  近代日本を代表するアララギ派の歌人齋藤茂吉は、蔵王山麓上山市金瓶に明治15年5月14日生まれました。
「たましいを育みますと 聳えたつ蔵王のやまの朝雪げむり」
歌集「小園」昭和19年詠
 真壁仁はその著書「人間茂吉」のなかで、
「茂吉にとって蔵王は自然諷詠の対象を通りこして、魂をはぐくむ精神的な至高の実存であった… と記しています。生まれ育った金瓶の集落から見上げる蔵王の秀麗な姿が、この偉大な歌人の面影に重なります。

エピソード2
 母いくの死を悼み、その病床に添い寝しながら詠み続けられた絶唱 死にたもう母 この連作の結びが、蔵王の温泉につかり哀しみと疲れを茂吉自身癒そうとしたことはあまり知られていません。
「やま峡に日はとっぷりと暮れたれば
今は湯の香の深かりしかも」
歌集「赤光」大正2年詠

  温泉街を歩いていますと独特の匂いが鼻をつきます。イオウの匂い。温泉の香りなのですが、不思議にもこの匂いは命の元素にはたらき活性化をすすめてくれるようで、元気を取り戻せる効果があります。 その証のように、温泉街の中ほど、当館から50mのところに、茂吉の筆になる「霊泉」の碑が建てられいます。
茂吉についてもっと詳しく知りたい方は、
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